「デジタルは消える」という前提で考える「紙」の再評価

便利な時代だからこそ、あえて「最悪の事態」を想定してみる。
「ペーパーレス」という言葉が当たり前になり、私たちの身の回りからは、どんどん「紙」が姿を消しています。会議資料はタブレットへ、写真はクラウドへ、そして日々の連絡はチャットツールへ。
「もう印刷なんていらないんじゃないか?」
印刷会社で働く私たち自身、そんな問いを突きつけられる毎日です。しかし、日々進化するAIや最新のテクノロジーに触れ、一方で数十年前の古いコンピューターやデジタルメディアの末路を見ていると、ある一つの「確信」にたどり着きます。
それは、「デジタルはいつか消えるが、紙は残り続ける」という、逆説的な事実です。
「100年後の人類」に今の情報を届けられるか?
みなさんは、20年前に保存した「MO」や「DVD-RAM」などのデータを、今すぐ読み出すことができますか?
おそらく、専用のドライブを探すところから始まり、OSの互換性に悩み、最後には「読み取りエラー」の文字に絶望することになるでしょう。これを「デジタルの風化」と呼びます。
デジタルデータは、それを読み取る「機械」と「電気」がなければ、ただの砂嵐と同じです。
一方で、紙はどうでしょうか。
100年前の新聞も、300年前の手紙も、光さえあれば今この瞬間に読むことができます。特別なデバイスも、月額サブスクリプションも、充電ケーブルも必要ありません。
「情報を物理的に刻む」という原始的な手法は、実は人類史上最強のバックアップです。
脳が欲しがる「手触り」と「位置情報」
「スマホで読んだ記事はすぐに忘れるのに、本で読んだ内容は覚えている」
そんな経験はありませんか?
これには理由があります。脳は情報を、単なるデータとしてではなく、「紙の質感」「インクの匂い」「ページの厚み(重さ)」といった身体的な感覚と一緒に記憶しているからです。
「あの情報のあたりには、コーヒーのシミがあったな」「右側のページの、下の方に書いてあったな」という空間的な位置情報が、記憶のフックになります。
画面をスクロールするだけのデジタル体験では得られない、この「手ざわり」こそが、情報に「重み」を与えてくれます。
「0円の情報」と「コストをかけた信頼」
今、ネット上にはAIが生成した無料の情報が溢れています。
しかし、だからこそ社会は「わざわざコストをかけて形にされたもの」に、かつてない価値を感じ始めています。
- 誰でも送れるメールよりも、ポストに届く一通の手紙。
- 画面上の画像よりも、手元に残る一冊のカタログ。
「印刷する」という行為には、必ずコストと覚悟が伴います。
「これは残す価値がある情報だ」という送り手の意思が、紙というフィルターを通すことで、受け手に「信頼」として伝わるのです。
印刷会社は、情報の「シェルター」でありたい。
私たちは、ただインクを紙に乗せているわけではありません。
いつか消えてしまうかもしれない大切な情報を、10年後、50年後、あるいは100年後の誰かに届けるための「タイムカプセル」を作っているのだと考えています。
広島・福山の街から、そしてこの社会から、もし印刷機が完全に消えてしまったら。
私たちは過去と未来を繋ぐ「物理的な絆」を失ってしまうかもしれません。
デジタル全盛の2026年だからこそ、私たちはあえて言いたいと思います。
「大事なことほど、紙にしませんか?」
その一枚が、未来の誰かにとっての「唯一の手がかり」になるかもしれません。












